ず空色の翼に載せて
魂を、摘まれた子供の魂を、至上の国へと運び去る
ゆるやかなその羽搏きよ……揺籃に、残れるははや五体のみ、なほ美しさ漂へど
息づくけはひさらになく、生命《いのち》絶えたる亡骸《なきがら》よ。
そは死せり!……さはれ接唇《くちづけ》脣の上《へ》に、今も薫れり、
笑ひこそ今はやみたれ、母の名はなほ脣の辺《へ》に波立てる、
臨終《いまは》の時にもお年玉、思ひ出したりしてゐたのだ。
なごやかな眠りにその眼は閉ぢられて
なんといはうか死の誉れ?
いと清冽な輝きが、額のまはりにまつはつた。
地上の子とは思はれぬ、天上の子とおもはれた。
如何なる涙をその上に母はそそいだことだらう!
親しい我が子の奥津城《(おくつき)》に、流す涙ははてもない!
さはれ夜|闌《た》けて眠る時、
薔薇色の、天の御国《みくに》の閾《しきみ》から
小さな天使は顕れて、
母《かあ》さんと、しづかに呼んで喜んだ!……
母も亦|微笑《ほゝゑ》みかへせば……小天使、やがて空へと辷《(すべ)》り出で、
雪の翼で舞ひながら、母のそばまでやつて来て
その脣《くち》に、天使の脣《くち》をつけました……

[#地から10字上げ]千八百六十九年九月一日
[#地から5字上げ]ランボオ・アルチュル
[#地から1字上げ]シャルルヴィルにて、千八百五十四年十月二十日生
[#改ページ]

 3 エルキュルとアケロユス河の戦ひ


嘗て水に膨らむだアケロユスの河は氾濫し、
谷間に入つて迸《(ほとばし)》り、その騒擾いはんかたなく、
そが浪に畜群と稔りよき収穫を薙ぎ倒し、
人家悉く潰滅し、みはるかす田畠《でんぱた》は砂漠と化した。
かくてニムフはその谷を去り、
フォーヌ合唱隊亦鳴りを静め、
人々は唯手を拱《こまぬ》いて河の怒りを眺めてゐた。
此の有様をみたエルキュルは、憐憫の思ひに駆られ、
河の怒りを鎮めむものと巨大な躯《み》をば跳《をど》らせて、
逞しい双腕に泡立つ浪を逐ひまくし、
そがもとの河床に治まるやうに努めたのだ。
制《おさ》へられたる河浪は、怒濤をなして呟きながらも、
やがて蜿蜒《(ゑんえん)》たるもとの姿にかへつたが、
河は息切《いきぎ》れ、歯軋《はぎし》りし、そが蒼曇る背をのたくらし、
そが険呑《けんのん》な尾で以て荒《すが》れた岸を打つてゐた。
エルキュルは再び身をば投入れて、腕をもて河の頸をば締めつけ
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