なあんだ、父親にとって、あれはもう切りとったパンの一片《ひときれ》みたいなものさね。もとのパンの塊まりとは縁がきれてるんだ。あれに大切なのは――ご亭主だよ。……』
――心は仮りの宿りならず、というじゃありませんか』と、僕は言いました、『心というものは、そんな手狭《てぜま》なもんじゃありません。お父さんへの愛も愛なら、良人《おっと》にたいする愛も愛です。それにもう一つ、……もし幸福な良人になりたければ、じぶんの妻を尊敬できるようでなくちゃなりません。それができるためには、妻の心から、生みの両親にたいする愛や尊敬を、なくさせてはならないと思います。』
――いやあ、これはどうも! お前さんもなかなか、隅に置けないわい!』
そう言って、舅は腰掛の腕木に、黙然と指で拍子をとりはじめましたが、やがて立ちあがって、こう言いました。
――わしはな、なあ婿さんや、裸一貫で今の身上《しんしょ》をきずき上げた男だが、それにはまあ、色んな手を使ったものさ。高尚な見方からすれば、わしの使った手のなかには、あまり感服できないものもあるかも知れんが、まあとにかく、それも御時勢だったし、まあわしには、ほかに身
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