――いいから見てごらん、見てごらん!』
 そこで虫めがねを当ててみると、そのパチンの一ばん目につかないところに、模造真珠《ブルギニヨン》というフランス文字が、毛彫りになっていました。
 ――得心が行ったかな、これがほんとに似せものの真珠だということに?』
 ――わかりました。』
 ――そこで、わしに何か言いたいことはないかな?』
 ――さっき申しあげた通りです。というのはつまり、僕としては痛くも痒くもないということです。もっとも、たった一つお願いがあるんですが……』
 ――いいとも、いいとも、遠慮なく言うがいい!』
 ――これをマーシャには黙っていて頂きたいんですが。』
 ――ほう、それはまたどうしてかな?』
 ――ただそれだけです。……』
 ――いや、その謂われが聞きたいのだ。あれにがっかりさせたくないとお言いなのかい?』
 ――ええ、まあ、それもあるんですけど。』
 ――まだそのほかに何かあるのかい?』
 ――ええ、じつはもう一つ、あれの胸の底に、なにかお父さんにたいする反感のようなものが、芽ばえては困ると思うんです。』
 ――お父さんにたいする反感?』
 ――ええ。』
 ――なあんだ、父親にとって、あれはもう切りとったパンの一片《ひときれ》みたいなものさね。もとのパンの塊まりとは縁がきれてるんだ。あれに大切なのは――ご亭主だよ。……』
 ――心は仮りの宿りならず、というじゃありませんか』と、僕は言いました、『心というものは、そんな手狭《てぜま》なもんじゃありません。お父さんへの愛も愛なら、良人《おっと》にたいする愛も愛です。それにもう一つ、……もし幸福な良人になりたければ、じぶんの妻を尊敬できるようでなくちゃなりません。それができるためには、妻の心から、生みの両親にたいする愛や尊敬を、なくさせてはならないと思います。』
 ――いやあ、これはどうも! お前さんもなかなか、隅に置けないわい!』
 そう言って、舅は腰掛の腕木に、黙然と指で拍子をとりはじめましたが、やがて立ちあがって、こう言いました。
 ――わしはな、なあ婿さんや、裸一貫で今の身上《しんしょ》をきずき上げた男だが、それにはまあ、色んな手を使ったものさ。高尚な見方からすれば、わしの使った手のなかには、あまり感服できないものもあるかも知れんが、まあとにかく、それも御時勢だったし、まあわしには、ほかに身
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