珠が本物じゃなく、じつは似せ物だったと聞かされたところで、僕はちっとも痛くも痒くもありゃしません。よしんばあの首飾りの値打ちが一万三千ルーブリじゃなくて、ただの三百ルーブリだとしても、――僕の女房が仕合わせでいてくれさえすりゃ、要するにどうだっていいことじゃありませんかね。……ただ一つ僕が心配だったのは、これをどうマーシャに伝えたらいいか、ということでした。思いあぐねて、窓の方を向いて坐りこんだまま、ドアの掛金をおろし忘れたことに、つい気がつかなかったんです。五六分してから、ふと振り返ってみると、僕のすぐうしろに思いがけず舅どのが立っていて、片手に何かハンカチに包んだものを握っているんです。そして、
 ――おはよう、婿さんや!』という挨拶。
 僕はとびあがるように立ちあがって、舅さんを抱擁し、こう言いました。
 ――いや恐縮です! もう一時間もしたら、二人そろって伺うつもりでいたのに、そちらからわざわざ……。これじゃすっかり順序があべこべで……恐縮とも有難いとも。……』
 ――なあんだ、そんな固苦しいことを! 他人じゃあるまいしさ。わしは今、ミサにお参りしてな、――お前たち夫婦のことを祈って、それこのとおり聖餅《プロスヴィラ》を頂いて来てやったという次第なのさ。』
 僕は、もう一ぺん舅どのを抱擁して、接吻しました。
 ――して、わしの手紙はとどいたかな?』と聞きます。
 ――そりゃもう、とどきましたとも。』
 と僕はこたえて、おもわず大声で笑いだしました。
 向うは呆気にとられて、
 ――何がそうおかしいのかな?』と聞きます。
 ――だって、仕様がないじゃありませんか? とっても痛快なんですもの。』
 ――痛快だとな?』
 ――ええ、そうですとも。』
 ――まあいいから、あの真珠を出してごらん。』
 首飾りは、ついそこのテーブルの上に、ケースに納めて置いてありました。僕は出して渡しました。
 ――虫めがねはあるかな?』
 ありません、と僕は答えます。
 ――そんなら、わしが持っている。昔からの習慣で、いつもこうして持って歩いているのさ。さあひとつ、留め金のパチンのところを、とっくり見てごらん。』
 ――見てどうするんです?』
 ――まあいいから、見てごらん。お前さん、ひょっとすると、わしに担がれたとでも思ってやしないかの。』
 ――そんなこと、思ってやしませんよ。』
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