いに決まってるよ。」
「どうしてそれが分りますの? あの親父さんは、あの子が一ばん可愛いのよ。」
「いや、おっ母さんや、まあたんと皮算用をしたけりゃしなさいだがね。嫁にやってしまう娘にたいするあの連中の『格別の』愛情なるものが、一体どんなものだか、ちゃんと分っているじゃないか。みんな一杯くわされるんだよ! それにまた、あいつにして見りゃ、一杯くわさずに済ますわけには行かんのさ、――何しろそれが、あの男の立ってる土台なんだからねえ。世間のうわさじゃ、あの男が財産を築きあげたそもそもの始まりは、非常な高利で抵当貸しをしたことだというじゃないか。人もあろうにそんな男から、お前は愛情だの気前のよさだのを捜し出そうとかかっているんだよ。参考までに言っておくが、上の娘たちの婿さんは、二人とも一筋縄ではいかんなかなかの曲者なんだ。それでいながらまんまとあの男に一杯くわされて、今日じゃ犬猿もただならざる仲になっているとすりゃ、ましてやうちの弟なんぞは、何しろ子供の頃からおっそろしく御念の入った弱気な奴だから、指をくわえて追っ払われることなんか、朝飯まえだぜ。」
「一たいなんのことですの?」と家内は聞きかえす、――「その指をくわえる、って仰しゃるのは?」
「まあ、おっ母さんや、そらっとぼけなさんな。」
「いいえ、そらっとぼけてなんかいませんわよ。」
「じゃお前、知らないのかい、『指をくわえる』ってことを? マーシェンカにはびた一文よこすまいってことさ、――困るというのは、つまりそこだよ。」
「まあ、そんな訳でしたの!」
「うん、その通りさ。」
「その通り、全くその通りだわ! そりゃまあ、そんなことかも知れませんけど、ただわたしはね」と家内はいつかな敗けてはいず、――「たとえ持参金はなかろうと、ちゃんとした嫁さんを貰うことが、あなたのお考えだと『指をくわえる』ことになろうとは、ついぞ今まで思いも及ばなかったわ。」
 どうです、いかにも女らしい可憐な筆法、ないし論理じゃありませんか。ひらりと体をかわす拍子に、お隣づきあいの誼みで、ちくりと一本くるんですからねえ。……
「僕はなにも、自分のことをとやかく言うんじゃないぜ。……」
「いいえそうです、じゃ一体なぜ……?」
「いやはや、そりゃ酷すぎるぜ、ねえ|お前《マ・シェール》!」
「何がひどすぎますの?」
「なにが酷すぎるって、僕が自分のこと
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