天晴れな歌いぶりだったとか、おなじく有名なバスでありながらどこそこでトチッたとか、口々に評定しあうのだった。
 ところで、みんながみんな声楽の批評に夢中になっていたかというと、必らずしもそうではなくて、群集の中にはほかの問題に興味をもった連中もあったのである。
「だがね皆の衆、あのイズマイロフの若女房にも、変てこな噂があるじゃないか」と、イズマイロフの店さきに差しかかろうとするころ口火を切ったのは、ある商人がその蒸汽じかけの製粉所のためペテルブルグから引っ張って来た若い機関士で、――「世間の噂じゃ、あの女はわが家の番頭のセリョーシカと明けても暮れても乳くり合ってるというじゃないか……」
「そいつはもう、隠れもない語り草さ」と青もめんで表を張った毛皮外套の男が応じた。――「現に今晩だって、お寺にや姿を現わさなかったじゃないか。」
「どうしてお寺どころかい? あの淫乱ものと来た日にゃ、すっかり性根が腐っちまって、神さまも、良心も、人目も、何ひとつ怖いものなしだよ。」
「おい見ろよ、あかりがついてるぜ」と機関士が、鎧戸のすきから漏れる光の筋を指しながら言った。
「ひとつ覗いて見るんだね、一た
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