ない顔を見せるようになった。夢寐の間だろうが、店の采配を振っている最中だろうが、神に祈りをささげる時だろうが、彼女の想いはただ一つ、――『そんな筈ってあるもんだろうか? まったく、なんだってわたしは、あの子のために資本《もと》も子もなくしちまわなくちゃならないんだろう? 何しろわたしは、ここまで辛い思いをして来たのだ。……ここまで罪障ぶかい真似までして来たのだ』と、カテリーナ・リヴォーヴナは考えるのである、――『だのにあいつは、のほほんと此処へやって来て、濡手で粟と掻っ浚って行くんだ。……それも一人前の男ならまだしものこと、たかが口のまわりに卵の黄身のついた子供のくせにさ。……』
はやくも初霜がおりはじめた。ジノーヴィー・ボリースィチが、相変らず消息不明だったことは、申すまでもあるまい。カテリーナ・リヴォーヴナはむくむく太りだして、しょっちゅう眉の根を寄せていた。町じゅうもう彼女の噂でもちきりで、あのイズマイロフの若女房は、これまでずっと生まず女《め》で、だんだん痩せこける一方だったものが、それが急に正面がせり出して来たのは、そもそもどういう訳だろうかと、しきりに評定し合うのだった。
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