みは裂けていた。頭のしたには、左手にあたって、小さな血のしみが溜っていた。しかし、傷口はべっとり髪の毛がはりついて固まっていたので、血はもう流れてはいなかった。
 セルゲイはジノーヴィー・ボリースィチを、穴倉へかついで行った。それは当のセルゲイ自身がついこのあいだ、今は亡きボリース・チモフェーイチの手で閉じこめられた覚えのあるあの石倉の、地下に設けられたものであった。そこへ抛りこむと、彼は屋根部屋にとって返した。そのまにカテリーナ・リヴォーヴナは、例の更紗木綿のブラウスの袖をたくしあげ、裾を高々とはしょりあげて、ジノーヴィー・ボリースィチがおのれの寝間の床《ゆか》にのこしていった血のしみを、束子《たわし》にシャボンをつけて入念に洗いおとすのだった。サモヴァルのなかの湯は、まだ冷めてはいなかった。その湯で淹《い》れた毒入りの茶を、一杯また一杯と重ねながら、つい今しがたまでジノーヴィー・ボリースィチは、どうにか一家のあるじの沽券《こけん》をみずから慰めていたものだったが、とにかくその湯のあるおかげで、血のしみは跡形もなくきれいに落ちてしまったのである。
 それからカテリーナ・リヴォーヴナは
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