と横になっておいでな……遠くへいかずにね」と、カテリーナ・リヴォーヴナはささやくと、男の靴と服を窓のそとへ抛りだしておいて、自分はまた毛布へもぐりこみ、じいっと待ち受けた。
 セルゲイは、カテリーナ・リヴォーヴナの言うとおりにした。彼は柱づたいに滑りおりずに、差掛の上に積んであった菩提樹の皮のかげに身をひそめた。
 そのまにもカテリーナ・リヴォーヴナの耳には、良人がいよいよ戸の外までやって来て、息をころして聴き耳をたてている気配が、手にとるように伝わってきた。そればかりか、嫉妬に燃えるその心臓が早鐘をつく音までが、聞きとれるほどだった。しかし、カテリーナ・リヴォーヴナの胸にこみ上げて来たのは、同情の念ではなくて、毒をふくんだ笑いだった。
『おとといお出《い》で』と彼女は、心のなかでつぶやいた。その顔には微笑がただよい、息づかいは、罪のない幼な児のように安らかだった。
 そうした状態が、ものの十分ほどつづいた。やがての果てにジノーヴィー・ボリースィチは、ドアの外にたたずんで妻の寝息をうかがっているのが、もうこれ以上やりきれなくなった。彼はノックした。
「だあれ?」と、早からず遅からず間あ
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