た。と、たちまち犬が飛びかかろうとしたが、すぐまたおとなしくなったのは、てっきり尻尾をふって甘えかかっているのに相違ない。それからまた一分ほどすると、階下《した》で掛金《かけがね》のはね返る音がして、戸がギイとあいた。――『この音はみんな、わたしの空耳かしら。さもなけりゃあれは、うちのジノーヴィー・ボリースィチが帰って来たのだ。あの人の持っている合鍵で戸があいたところを見ると』――そうカテリーナ・リヴォーヴナは考えて、いそいでセルゲイの小脇をつついた。
「ほら、お聞きよ、セリョージャ」と彼女は言うと、自分も片肘ついて身をもたげ、聴き耳をたてた。
 階段を忍びやかに、一あし一あし用心ぶかく踏みしめながら、ほんとに誰かが、寝室の錠のおりたドアへ近づいて来るのだった。
 カテリーナ・リヴォーヴナは、シュミーズ一枚でぱっと寝床からとび出すと、小窓をあけ放った。間髪をいれずセルゲイは、はだしで差掛の屋根へとび下りざま、両の足をしっかりと柱にからみつけた。その柱づたいに、おかみさんの寝間から抜けだすのは、何もこれが初めてではなかったのだ。
「いいえ、それには及ばないわ、それには! そのへんでちょい
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