鏡の前で自分の髪のみだれを直しながら言った。
「へえ、なんだって今《いんま》じぶん、こっから出ていけるもんかね」と、さも色男然とした声で、セルゲイが言い返した。
「舅さんが戸をすっかり閉めちまうわよ。」
「いやどうもお前さん、可愛らしいことを言うもんだね! 一たいその年まで、どこのお大名とばかりつきあって、女のところへ通う道はただもう戸口しきゃないなんていう、お上品なものの考え方をするんだい? おいらなんざ、お前さんとこへ来るにしろ帰るにしろ、どこにだって戸口はあらあな」――と若者は答えて、差掛を支えている柱の列を、ずうっと一わたり指さしてみせた。

      ※[#ローマ数字4、1−13−24]

 ジノーヴィー・ボリースィチは、それからまだ一週間ほど家をあけていたので、そのあいだじゅうお内儀《かみ》さんは、夜ごと宵ごと、すっかり明けはなれる時刻まで、セルゲイと乳くりあっていた。
 その夜ごとに、ジノーヴィー・ボリースィチの寝間では、舅さんの穴倉からこっそり持ちだした酒も飲み放題なら、舌のとろけそうな甘いものも食べ放題、おかみさんのまるでお砂糖みたいな口にはキスし放題、ふかふかした
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