ォーヴナは、名状すべからざる恐怖の、むかつくような厭らしい魔力が、ぐいぐい上から伸《の》しかかってくるのを感じながら、そう言い放つと、さっと窓かまちに片手をかけた。
「おっとどっこい、お前さんのその命はな、おいらにとっちゃ掛替えのねえ代物なんだぜ! なんで身投げなんかするんだい?」と、馴れ馴れしい口調でセルゲイはささやくと、若いお内儀を窓から引っぱなして、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
「あっ! あっ! 放して」と、小声でカテリーナ・リヴォーヴナはうめくのだったが、雨とふるセルゲイの燃えるような接吻のもとにだんだん気力が失せて、われにもあらず男のがっしりしたからだに、ひしと身を寄せかけるのだった。
セルゲイはおかみさんを、まるで赤ん坊のように軽々と両手でもちあげると、小暗い片隅へはいこんでいった。
部屋には沈黙がおとずれた。わずかにそれをみだすものといったら、カテリーナ・リヴォーヴナの寝台の枕もとに掛けてある良人の懐中時計が、律儀に秒をきざむ音だけだった。だがこれも、べつだん邪魔にはならなかった。
「もう帰りな」と、半時間ほどしてからカテリーナ・リヴォーヴナは、セルゲイの顔は見ずに、小
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