枕のうえには渦をまくみどりの黒髪がみだれ放題、という体たらくだった。だがしかし、道はかならずしも常に坦々たる街道ばかりとは限らない。川どめもあれば崖くずれもある。
 ある夜ボリース・チモフェーイチは寝そびれてしまった。そこで老人は、まだら染めの更紗のルバーシカ姿で、森閑とした家のなかを、あてもなくうろついた。窓へ寄って外をながめる。また次の窓へ寄ってみる。そのうち、ふと見ると、嫁女の部屋の窓の下を柱づたいに、こっそりあたりを憚りながら、若い衆セルゲイの赤シャツがおりてくる。さてこそ珍事! ボリース・チモフェーイチはおもてへ躍りだしざま、若い衆の両足をしっかと捉まえた。相手はくるりと振りむいて、力まかせ横びんたを喰らわそうと身がまえたが、荒だてては事面倒と思いかえした。
「きりきり白状するんだ」と、ボリース・チモフェーイチは言った、「てめえ、どこへ行ってきくさった、ここな大ぬすっとめが?」
「どこさ行ってきようが来まいが」と、セルゲイはいけしゃあしゃあと、「旦那、あっしはもうそこにいやしませんや、ねえボリース・チモフェーイチ」と切って返す。
「嫁女のところに泊りおったのか?」
「さあねえ
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