た。車小屋の軒さきを借りる者もある、穀倉をめざす者もある、香ばしい乾草置場へよじ登っていく者もある。一ばん後から台所を出てきたのはセルゲイだった。彼はしばらく中庭をぶらついてから、番犬の鎖を順ぐりに解いてやり、ややしばし口笛を吹いていたが、やがてカテリーナ・リヴォーヴナの窓の下にさしかかると、ひょいと彼女の方をふり仰いで、丁寧におじぎをした。
「今晩は」と、小声でカテリーナ・リヴォーヴナは、屋根裏から声をかけたが、それなり中庭は、まるで無人境のようにひっそりしてしまった。
「奥さん!」――ものの二|分《ふん》もしたかと思うとき、掛金《かけがね》のかかったカテリーナ・リヴォーヴナの部屋の戸の向うで、誰やら言った者がある。
「だれ?」――思わずぎょっとして、カテリーナ・リヴォーヴナはきいた。
「いや、怪しいもんじゃありません。わっしです、セルゲイです」と、番頭が答えた。
「何か用なの、セルゲイ?」
「ちょいとお耳を拝借したいことがあるんです、カテリーナ・リヴォーヴナ。なあに、ほんのつまらない事なんですが、ちょいとそのお願いの筋があるもんでして。ほんの一分ほど、お目通りをねがえませんか。」

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