い何をしてるのか」と、二三人の声が合わさった。
機関士は仲間の肩二つを足場に伸びあがって、やおら鎧戸に眼をあてがったと思うととたんに頓狂な声をあげた。――
「おいおい、みんな! 首をしめてるぞ、おい、首をしめてるぞ!」
そう言いざま、もろ手で必死に鎧戸をたたきはじめた。十人ほどの同勢がそれにならって、窓にとびついて拳をふるいはじめた。
みるみるうちに群衆は数を増して、先刻われわれの見たようなイズマイロフ家の包囲が現出したのである。
「あっしが見たんです、この眼でしかと見とどけたんです」と機関士はフェージャの死体について証言するのだった、――「この子をベッドの上に組み伏せて、二人して首をしめていたんです。」
セルゲイはその晩ただちに拘束され、カテリーナ・リヴォーヴナは上の部屋へ押しこめられて、見張りが二人ついた。
イズマイロフの家は、とても堪らぬほど寒かった。ストーヴに火の気はないし、ドアも片時として閉まっているひまがなかった。物見だかい連中がぎっしり群れをなして、入れ替り立ち替り押しかけたのである。一同がやって来る目あては、お棺のなかに寝ていたフェージャと、もう一つ、幅のひろい掛布で蓋ごとすっぽり蔽われている大きな棺を見ることだった。フェージャの額ぎわには、聖像を描いた繻子のきれが載っていて、頭蓋骨を解剖したあとに残った赤い傷痕を隠していた。警察医が解剖し結果、フェージャは窒息死をとげたものと判明したが、やがて死体の前へ引きだされたセルゲイは、おそろしい最後の審判のことや、悔い改めぬ者たちにくる刑罰のことを、坊さんがやおら説きはじめると、忽ちさめざめと涙をながして、フェージャ殺しを正直に白状に及んだばかりでなく、埋葬の手続きもとらずに彼が埋めてしまったジノーヴィー・ボリースィチを掘り出して頂きたいと願いでた。カテリーナ・リヴォーヴナの良人の死体は、乾いた砂の中に埋められていたのでまだ腐れ切ってはいなかった。そこで引っぱり出して、大きな棺に納めた。この二つの犯罪の共謀者としてセルゲイが挙げたのはほかならぬ若い内儀《かみ》さんの名だったので、世間はふるえあがってしまった。カテリーナ・リヴォーヴナはいくら訊問されてもただもう『知らぬ存ぜぬ』の一点ばりだった。そこでセルゲイに対決させて、彼女の口を割らせることになった。男の自白をききおわると、カテリーナ・リヴォーヴナは呆れて物も言えぬといった風に彼をみつめたが、さりとて怒りの色は見えず、やがて平気な顔でこう言った。――
「この人がそれを言う気だったのなら、何もわたしが頑ばることはありません。いかにも殺しました。」
「どうしてそんなことをしたのか?」と訊かれると、
「この人のためにです」と、うなだれているセルゲイを指して答えた。
犯人は別々に収監され、そして世間の注目と憤慨の的になったこの兇悪事件は、すこぶる手っとり早く判決がくだった。二月の末、セルゲイと、第三級商人の寡婦カテリーナ・リヴォーヴナの二人は、刑事裁判所で刑の申渡しを受けたが、それによると、まずその居住する町の市場で笞打ちを受けたのち、二人とも徒刑地へ送られることになった。三月のはじめ、凍《い》てつくような寒い朝、刑吏はカテリーナ・リヴォーヴナのむき出しになった白い背中の上に、定めの数だけの青むらさきのミミズ腫れをしるしづけ、つづいてセルゲイの両肩にもきまった本数の鞭をふるった上、彼の美しい顔に徒刑の焼印を三つおしたのである。
そうした処刑のあいだ、世間の同情はどうしたわけだか、カテリーナ・リヴォーヴナよりも遥かに多くセルゲイの上に集まった。全身あぶら汗と血にまみれて、彼は黒い処刑台から下りるとき何べんか前へのめったが、カテリーナ・リヴォーヴナは落着きはらって下りてきた。ただ厚地の肌着と、ごわごわした囚人外套が、なま傷だらけの自分の背中にへばり着かぬように気をくばっていただけのことだった。
監獄病院で、生まれ落ちた赤んぼを渡された時でさえ、彼女は『ふん、もう用無しだわ!』と言ったきり、くるりと壁の方へ寝がえりを打って、うめき声一つ、泣きごと一つ立てるではなしに、ごつごつした板どこに胸をぶつけるように倒れたのだった。
※[#ローマ数字13、89−5]
セルゲイとカテリーナ・リヴォーヴナの加わった囚人隊の出発は、春といってもほんの暦の上だけのことで、太陽がまだ下世話にいうとおり、『ぎらぎらしちゃ来たが、まだぽかぽかして来ねえ』頃のことになった。
カテリーナ・リヴォーヴナの生んだ子の養育は、ボリース・チモフェーイチの従妹にあたる例の婆さんにまかされた。罪の女の殺された良人の嫡男と認められた以上、この子は今やイズマイロフ家の全財産を相続すべき唯ひとりの人物となったわけである。カテリーナ・リヴォーヴ
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