優だけにかぎっていた。男優にはもう一人べつのカツラ師が附いていたのだが、仮りにアルカージイが時たま「男優部屋」へ顔を出すことがあるとすれば、それはただ伯爵自身が「誰それの顔を大いに立派に作れ」と下知した場合だけだった。この美術家のメーク・アップ術のおもな特長は、すぐれた見識にあり、それによって彼はどんな顔にも、じつに微妙な変幻自在な表情を与えることができたのだ。
「あの人が召し出されてね」と、リュボーフィ・オニーシモヴナは語るのだった、――「あの顔にこれこれかようの表情をつけろ、と御意があるんですよ。するとアルカージイは御前をさがって、その男優なり女優なりを自分の前に立たせるか坐らせるかして、じいっと腕組みをして考えこむんです。そんな時のあの人と来たら、どんな美男子よりもきれいでした。なにせ中脊とはいえ、なんともいえずすっきりといい恰好で、ほっそりした鼻には威厳がそなわってるし、眼には眼でまるで天使のような優しさがこもっているし、おまけに濃い前髪がえもいわれぬ風情で、眼のところへ垂れかかっているんですものね、――そんなふうにして、じっと見つめているあの人は、まるで霧か雲のなかから覗いて
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