っている。
 四十年代にはまだほんの子供だったわたしも、煤や赤土で塗りこめた開かずの化粧|窓《まど》のならんでいる宏大な灰色の木造建物や、それを取囲んでいる恐ろしく長い半崩れの塀のことは、いまだに記憶に残っている。それがつまり、この土地の怨府の観のあったカミョンスキイ伯爵の屋敷だったのだ。おなじ屋敷うちに、例の劇場もあった。その小屋がまた、どうしたものだか三位一体寺の墓地からはとてもよく見えたもので、さてこそリュボーフィ・オニーシモヴナは、何か話しだそうとするたんびに、いつも大抵こんなふうに口を切るのであった、――
「ほらご覧、坊っちゃん、あすこを。……ほんとに、なんて気味のわるい?」
「うん、気味がわるいね、ばあやさん。」
「でもね、わたしがこれから話してあげることは、もっとずっと気味がわるいのよ。」
 次にかかげるのは、そんなふうに彼女が話してくれたアルカージイというカモジの美術家についての話の一つである。これは多情多感で大胆な若者で、彼女の心に頗る近しい人物だった。

      ※[#ローマ数字4、1−13−24]

 アルカージイが「髪を結ったり顔を作ったり」してやるのは、女
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