なる。私は今多少でもそれを試みてみたい。

      A タッチの技巧

 音楽批評家やピアノの師匠が熱心に主張するようなタッチの技巧というものが、事実上に本当にピアノの上に存在するか、ピアノは名人が叩くのと、私が万年筆の軸で押すのとで、本当に、事実上、音が違うものであるか。
 常識で考えて、そんな事実の存在しない事は明瞭である。これがピアノのようなものであるからこそ、そんな迷信が今日でも平気で行われている。他の機械なら、誰もそんな事を真面目に考える人はない。
 しかし手数をさえ厭わなかったら、それは実験して見る事が出来る。ピアニストに実際にいいタッチを試みてもらって、その音を撮影すればいい。そして、そのあとでその同じ鍵盤を万年筆の軸で押すなり、あるいは猫に鍵盤の上を歩かせるなりして、その音を撮影して、この二つがはたして違っているか、どうかを、比べて見ればいい。この場合に撮影機械のほうの条件を一定にしておけば、この二つの写真は大体で客観的な事実を物語っていると思ってもよかろう。
 イグチは勇敢にこの実験に応じた。私は理化学研究所のタグチさんの実験室で彼のタッチを実験した。私共はピアノ
前へ 次へ
全24ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
兼常 清佐 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング