その立廻りのあざやかさ、真っこうから切ってかかると肩をすかして泳ぐ奴、ハッシと小手をたたいて刀を取りあげるやバッサバッサと、一人、二人、三人、胴、胸、首とまたたく間に斬り伏せられ、血刀ふるいエーイ、と舞台せましと大見栄を切る、その美事さ、思わず拍手がわきおこる。
「ごめんよごめんよ」
 コーフンしたのか急に気の強くなったラキ子さん、大の男たちを胸でおしまくりながら廊下に出る。
「おや、ラキ子ちゃん、すごく張り切っちゃって、ドーしたの、こりゃ驚いた」
「わたしはじめて女剣戟みたんだけれど、すっかり気分がよくなって、まるで上等のソーダ水をのんだように胸がスウートしたわ」
「何にさ、その腕をまくってふり廻すのは」
「そばへよっちゃあぶないわよ、わたしの腕も弁天お蝶のようにムズムズ鳴りだしているのだから」
「はずかしいなアー、案内嬢が笑っているよ」
「へいちゃらよ、文句があるならやっつけちまうから、サアーコーなったらわたしは女剣戟フアンだから、ソレッ、楽屋へ行って筑波澄子さんに面会……急げッ!」

       4

 奥の細道のような楽屋廊下を通って、段々ばしごを中二階へ、水色の筑波澄子嬢へとすっきり染出されたのれんをくぐると、さっき斬られた児分のしゅうが、
「サアー、どうぞ御遠慮なく、ズーウト奥の方へ」
 かつらをとる人、衣裳をぬぐ人、鏡で顔を落す人、刀のめききをなおす人、色とりどり、まるで天然色映画をぶちまけたような色模様。
「アー痛い……そー強くふくなよ」
 頬を脱脂綿と薬でふいてもらっている一人の児分、
「失礼ですがニキビでもおつぶしになったのですか」
 心配性のラキ子さんがまゆをひそめると、
「いや、いまの芝居でサッと頬をやられまして、どうも私はそそっかしくていけませんよ。アハハ」
 よく拝見すると、長さ三糎ぐらいの切っさききずから血をふいている。今さらながら、あの切り合う呼吸の瞬間ちょっとでも気がゆるめば、このように深いけがをしなければならない。げに芸道と云うものはなまやさしいものではない。
 明るい鏡の反射をまぶしげに受けて、きちんと座した、そのあたりは綺麗に整頓され、花びんには眼にしみる赤色カーネションが飾られ、かつら下の羽二重も何か楽屋らしい風情を見せ、面はずかしげは[#「面はずかしげは」はママ]眼をふせているのが、さきほど舞台で剣のすごみと、必死のまな
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