学校の命ずるまゝをやつてゐる人よりはるかに劣つてゐた。偉さうなことを考へ、又言ひながら、私は云へば云ふだけ、叫べば叫ぶだけ後退してゐたのだ。自暴自棄《ヤケクソ》だつたから勉強はしない。従つて出来ない。髪は結ぶなんてうるさいこつた。切つてしまふ。制服制帽にしろなどは、今の世に非合理だと、今迄のセーラーにランドセルで押し通す。
 何が偉いといふんだ!
 みんなは何と思つたらう。(生意気な青二才奴、親の威光を笠にきて勝手なことをする。それになんだ! 局長の子なら、もう少し出来さうなもんだ)と云つたかもしれぬ。(女子大、女子大つてあんな奴が来る様ぢや大したことはない)と笑つたかもしれぬ。
 私が偉さうに云つたことは、反つて私の青さをふれまわすに役立つただけだつた。それのみか、お父様、お母様、女子大迄を悪く言はせてしまつた。ほんたうに私は面汚しの青二才であつた。何とお詫びしてよいか……お父様やお母様は、別に局長の顔にかけて勉強しろなんて、只の一度だつておつしやつたことはない。私が猖紅熱で長く休んでしまつたため、数学に丙をとつて来たときも、眉毛一本お動かしにならなかつたんだもの……けど、だから尚恥づかしいのだ。
 もう一歩つき入つて、なぜ考へなかつたか。悪いところを、悪いとするだけぢやあ何もならないんだ。肝心なのはその中で、どう、よりよく生きるかといふことだ。
 私が転校はいやだと云つたとき、お母様は、「でも学校を代つていろんな善さをみつけ出すのも無意義ぢやあないんですよ」とおつしやたツけ。だのに、私はあの転校をほんとに故意に無意義にしてしまつた。残念だ。全く残念だ。あのとき、もう一寸と心すればS校のよさもわかつたらうに。あの時の自分を考へると、お友達に顔をあはせるのすら恥かしい。
 自らを不愉快にし、自ら無駄にした一年間がすぎて、私は、本願成就とばかり大よろこびで名古屋を逃げるように東京へ帰つて来た。
 引越し騒ぎが一先づ落着いて、さて、なつかしの女子大や如何に? と様子をきくと、今の所、欠員はないとのこと。しかし、まあ一学期だけでも居たことのあるお陰で、吉田先生や伊藤先生が大変お骨折り下さつて、「欠員はないけれども復校させて上げませう」といふことにして下さつた。しかし、只ぢやあない。国、英、数、自然研究の簡単な試験がある、といふ。私は又々苦しまねばならなかつた。
 一年の転
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