私は鼻の先に手をやつてみた。……もう息は感ぜられなかつた。
「死んぢやつた、……死んぢやつたわ」さうは云つたが、本当に死んぢやつたとは思へなかつた。
 なむあみだぶつ……なむあみだぶつ……と唱へながら、おばあ様は眼をなぜておやりになつた。
「おゝ、おゝ、可哀想にな、迷はず成仏するんだよ。あとはよくしてやるからな、ナムアミダブツ……ナムアミダブツ」とおつしやるのを夢の様にきゝながら、私にはまだ信じられなかつた。時に昭和十六年九月廿六日午後五時五十分。
 西の空に夕やけがきれいだつた。
 もとのまゝこの静けさの中に、私は一人ぼつちになつて坐つてゐる。私にはとても信じきれない気がした。そして「ミノ、みの」と口の中でつぶやく様によびながら、何度も頭をなぜてゐた。
 しばらくして、もううす暗くなつてから、さつきの獣医さんが帰つて来た。
 私は始めて自分が地面へ坐はりとほしてゐたことに気がつき、寒さを感じて部屋へ這入つた。
 二階の床の上へあほ向いてねころび、電気もつけづ只ぼんやりとしてゐた。涙なんか忘れてしまつたものゝやうに。
「…………」
 階段に足音がして、お母様が上つていらした。
「可哀さ
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