あらゆる時の、あらゆる恰好が眼の前に浮んでは消へた。そして最後のあのすんだ瞳へ考へが及ぶと、涙がポロ/\と無雑作におちるのだつた。
「みの」は、私のたつた一人の弟で、又何でも云へる心からのお友達だつた。私は何か嫌なことがあると、きつと原ツパへ行つて「みの」に話した。みのはいつも黙つてきいてくれる。ほんとにいゝお友達だつた。
「みの」は王様だつた。最後の最後迄王様だつた。知らないくせに、お世辞を云つて近よつて来る様な奴が大嫌ひだつた。
 又常にはいぢめながら、時によつて可愛がるふりをする様な人にもすぐかみついた。
「みの」はさういふ一徹な犬で、結局、家の人にしか馴れなかつた。
 頴川《えいせん》の水に耳を洗ひ首陽山にワラビをとつた、支那の忠臣の気持とどこか似通ふものがあるではないか。
 私たちのしつけが悪くて、あんなに利口ないゝ犬を、弱くしてしまつたのはすまなかつた。たしかに「みの」は弱かつた。が、しかし、敗けても向つて行つた、あの強い烈しい気性が忘れられない。そして静かに死んで行つた。
 何年間にも亘つて、部落を荒し廻り、暴れ廻り、遂に捕へられて静かに死んで行つた狼王ロボーの話を思ひ出
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