来てからは吠えるのもやめて、只ガツクリとそばの板に頭をもたせかけ、丁度、枕をする様な恰好でじつとしてゐる。只呼吸だけは苦しさうに、体中でハツ、ハツとついてゐる。周りは一杯の人だかり。
「まあ、可哀想に。苦しさうですわ。水をのませておやりなさいな」と一人の小母さんが云つた。かういふ重傷のとき、水をのませると直ぐ死ぬといふことを、私はきいた様に思つてゐたから、その気持だけを受けて、
「はあ、さうしませう」と答へた。
 みの[#「みの」に傍点]のことで世話になつたお巡りさんが、
「さあ/\見世物ぢやないんだ」と皆を追ひ払つてくれたのはうれしかつた。
 私は……さう、私はたしかに案外平静だつた。涙なんか一つも出なかつた。極度の緊張に涙が凍つて出なかつたのかもしれない。時々「みの! みの!」と呼びながら、只静かに皆の来るのを待つた。
 おばあ様のお骨折で、正源寺の小父さんがリヤカーを引つぱつて来てくれた。
 私は、リヤカーにのせる時さわつたら、みの[#「みの」に傍点]はこの傷をうけたんだから、気が立つてかみつきやしないかと心配したが、私が抱き上げても声一つたてずじつとしてゐた。平素怒りつぽくて、
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