頭が、その時突然現はれて又隠れたのは如何《いか》にも恐ろしかつた、がそれが又同時に非常に可笑しかつた。事が意表に出た為めか、それともその出没の迅速であつた為めか、それとも目金が鼻から落ちた為めか、兎に角非常に可笑しかつた。己は大声で笑つた。無論己も直に気が付いた。どうも一家の友人の資格として、この際笑ふのは穏当でないに相違ない。そこで早速細君の方に向つて、なるべく同情のある調子で云つた。「イワン君は兎に角これでお暇乞ですね。」
 この出来事の間、細君がどれだけ興奮してゐたと云ふ事を話したいが、恨むらくはそれを詳細に言ひ現はす程の伎倆を己が持つてゐない。兎に角細君は、最初一声叫んで、それからは全身が痲痺したやうになつて、ちつとも動かずにゐて、この出来事を、傍観してゐた。余所目《よそめ》には冷淡に見てゐるかと思はれる様子であつたが、唯目だけ大きく見開いて、目玉も少し飛び出してゐたやうであつた。とう/\御亭主の頭が二度目に現はれて、次いで永久に隠れてしまつた時、細君は我に返つて、胸が裂けるやうな声で叫んだ。己は為方《しかた》がないから、細君の両手を取つて、力一ぱい握つてゐた。小屋の持主もこの
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