になる事もあらう。死なないにも限らない。まづざつとこんな事を言つた。
ドイツ人は十分考へたらしく、とう/\かう云つた。「いやわたしは薬店《やくてん》から薬を買つて※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]に飲ませて、死なないやうにしますよ。」
「薬が利けば好いが、それは受け合はれないでせう。それはどうでも好いとして、あなたは警察や裁判所から彼此言はれる事があるかも知れない。そこを考へて見ましたか。早い話があの腹の中にゐるイワン君には、御承知の通り法律上立派な細君がありますよ。あの細君が法廷に訴へて夫の返却を請求したらどうです。あなたは収入の事ばかり考へて、金持になる料簡でゐるやうですが、イワン君の細君に償金を出すとか、恩給を仕払ふとか云ふ事を考へて見ましたか。」
ドイツ人はきつぱり答へた。「いや、そんな事は考へてゐません。」
所謂《いはゆる》おつ母さんが側から、意地悪げな調子で相槌を打つた。
「そんな事を考へて溜まるもんですか。」
「さうでせう。さうして見るとあなた方の考は周到だと云はれますまい。未来がどうなるか分からないのに、うか/\としてゐるよりは、今の
前へ
次へ
全98ページ中71ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング