内に一度に金を手に入れた方が好くはないでせうか。金高《かねだか》は小さくても、確実に手に入れる事が出来たら、その方が好いでせう。無論こんな事をわたしが言ふのは、唯個人の物好で言ふに過ぎないのですから、誤解しては行けませんよ。」
 ドイツ人は所謂おつ母さんを引つ張つて、見せ物場の一番奥の隅の所に連れて行つた。一番大きい、一番醜い猿の籠に入れてある所である。そこで二人は囁き合つてゐた。
 イワンは意味ありげな調子で己に言つた。「まあ、どうなるか見てゐ給へ。」
 己はうんとドイツ人をなぐつて遣りたかつた。それから所謂おつ母さんを、亭主よりも一層ひどくなぐつて遣りたかつた。最後に所謂おつ母さんよりも一層ひどくなぐつて遣りたかつたのは、高慢なイワンである。
 まだドイツ人の返事を聞かないうちに、己はその位に思つてゐたが、貪慾なドイツ人の返事は又想像より甚しかつた。ドイツ人は上さんと十分相談したものと見えて、見せ物場の隅から出て来てかう云ふ請求をした。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の代価としては五万ルウベルを最近の内国債証券で払つて貰ひたい。それからゴロホワヤの石
前へ 次へ
全98ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング