脚絆のやうな匂だ。苦情を云つたところでそんなもので、それ以上には困る事はないよ。」
己は友人の詞を遮るやうにして云つた。「君ちよつと待つてくれ給へ。君の今云つてゐる事は、僕には実に不思議で、自分で自分の耳を疑ふ位だよ。そこで少くもこれだけの事を僕に聞かせてくれ給へ。君はもうなんにも食はずにゐる積りかね。」
「いやはや。そんな事を気にしてゐると思ふと、君なんぞは気楽な人間と云ふものだね。実に浅薄極まるぢやないか。僕が偉大な思想を語つてゐるのに君はどうだい。君には分からないから云つて聞かせるが、偉大な思想は僕を※[#「厭/食」、第4水準2−92−73]飫《えんよく》させる。そして僕の体の周囲《まはり》の闇を昼の如くに照らしてゐるのだよ。さう云ふわけだから、実はどうでも好いのだが、御承知の※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の持主は、存外好人物で、あの人の好いおつ母さんと云ふ女と相談して、これから毎朝《まいてう》※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の吭《のど》へ曲つた金属の管《くだ》を插してその中からコオフイイや茶やスウプや柔かにした
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