だらう。その間多少の思慮は働いてゐたので、己はこんな事を思つた。「あんな目に逢ふのがイワンでなくて、己だつたらどうだらう。随分困つたわけだ。」それはさうと、己の見たのはかうである。
 ※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]は先づ横に銜へてゐたイワンを口の中で、一|捏《こね》捏ねて、足の方を吭《のど》へ向けて、物を呑むやうな運動を一度した。イワンの足が腓腸《ふくらはぎ》まで見えなくなつた。それから丁度|翻芻族《はんすうぞく》の獣のやうに、曖気《おくび》をした。そこでイワンの体が又少し吐き出された。イワンは※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の口から飛び出さうと思つて、一しよう懸命盤の縁に両手で搦み付いた。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]は二度目に物を呑む運動をした。イワンは腰まで隠れた。又|曖気《おくび》をする。又呑む。それを度々繰り返す。見る見るイワンの体は※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の腹中に這入つて行くのである。とう/\最後の一呑で友人の学者先生が呑み込まれてしま
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