》をしてゐる。実際猿とその人とがひどく似てゐる事もあるので、己も可笑《をか》しくなつた。ところが、小屋の持主は、細君がまるで相手にしないので、自分も一しよになつて笑つて好いか、それとも真面目でゐるが好いか分からなかつた。そしてとう/\不機嫌になつた。
丁度ドイツ人が不機嫌になつたのに気の付いたと同時に、突然恐ろしい、殆ど不自然だとも云ふべき叫声が小屋の空気を震動させた。何事だか分からずに、己は固くなつて立ち留つた。そのうち細君も一しよに叫び出したので、己は振り返つて見た。なんと云ふ事だらう。気の毒なイワンが※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の恐ろしい口で体の真ん中を横銜《よこくは》へにせられてゐるのである。水平に空中に横はつて、イワンは一しよう懸命手足を動かしてゐたが、それは只一刹那の事で、忽ち姿は見えなくなつた。
かう云つてしまへばそれまでだが、この記念すべき出来事を、己は詳細に話さうと思ふ。己はその時死物のやうになつて、只目と耳とを働かせてゐたので、一部始終を残らず見てゐた。想ふに、己はあの時程の興味を以て或る出来事を見てゐた事は、生涯又となかつた
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