きながら自分で考へ出したのだ。語源学上に考へて見ても、僕の意見に一致してゐる所がある。この動物の名だがね、これは大食と云ふ意味に相違ない。クロコヂルと云ふ語は多分イタリア語のクロコヂルロから来てゐるだらう。このイタリア語はフアラオ王がエジプトを領してゐた時代のイタリア語だらうと思ふ。語源を調べて見たら、多分フランス語のクロケエと云ふ語と同じ来歴を持つてゐるだらう。今君に話しただけの事は、この盤をエレナの夜会の座敷へ運ばせた時、最初の講演として、公衆に向つて話す積りだ。」
 己は「これは熱病だ、余程熱度が高いに相違ない」と思つて心配でならないので、覚えずかう云つた。「君、何か少し気の鎮まるやうな薬を飲まうとは思はないかね。」
 イワンはひどく己を馬鹿にしたやうな調子で、答へた。「馬鹿な。それに仮に下剤なんぞを用ゐるとした所で、どうもこの場合でそれが利いてくれては少し困るよ。まあ、君の事だから、その位な智慧を出すだらうと、僕も予期してゐたのだ。」
「それはさうと薬にしろ食物《たべもの》にしろ、君はどうして有り付く事が出来るね。けふなんぞも午食《ひるしよく》はしたかね。」
「午食なんぞはしな
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