い。併し僕はちつとも腹はへつてゐない。多分今後もなんにも食はなくても済みさうだ。なにもそれに不思議はないよ。僕の体が※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の内部を全然充実させてゐるのだから、それと同時に僕自身も腹がへると云ふ事はないのだ。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]だつてもこれから先|餌《ゑ》を遣るには及ぶまい。詰まり※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の方では僕を呑んでゐて満足してゐるし、僕の方では又※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の体からあらゆる滋養を取つてゐるわけだね。君は話に聞いてゐるかどうか知らないが、器量自慢の女は或る方法を以て自分の容貌を養ふものだ。それはどうするのだと云ふに、晩に寝る時体中に生肉を食つ付けて置く。それから翌朝になると香水を入れた湯に這入つて綺麗に洗ひ落す。さうするとさつぱりして、力が付いて、しなやかになつて、誰が見ても惚々するのだ。それと同じ事で、僕は※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の滋養になつてやるか
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