るのを遮つて聞いて見た。「それはさうと忘れない内にあなたに聞いて置きたいのですが、もしあの※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]を買ひ取るものがあつたら、幾ら位で手放して下さるでせうか。」
己のこの問を発したのを、※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の中にゐるイワンも聞いて、己よりも熱心にドイツ人の答を待つてゐるらしかつた。察するにイワンの心では、ドイツ人に余り低い価《あたひ》を要求して貰ひたくはなかつたゞらう。兎に角己が問を発した跡で、※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の腹の中から、豚のうなるやうな、一種特別な謦咳《しはぶき》が聞えた。
ドイツ人は己の問に答へたくない様子であつた。そんな事を問うて貰ひたくはないと、腹を立てたらしかつた。顔が※[#「火+(世/木)」、第3水準1−87−56]《ゆ》でた鰕《えび》のやうに赤くなつて、彼奴《きやつ》は叫んだ。「わたしが売らうと思はない以上は、誰だつてわたしの所有物を買ひ取る事は出来ませんよ。そこでこの※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]を売ると云ふ気はわたしには無いのです。よしやあなたが百万タアレル出すと云つても、わたしは売りません。けふなんぞは見料が百三十タアレル取れたのです。あしたは一万タアレル取れるかも知れない。追々毎日十万タアレルも取れるやうになるかも知れない。いつまでも売るわけには行きませんよ。」
※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の腹の中でイワンが愉快げに笑ひ始めた。
己は腹の立つのを我慢して、成るべく冷静な態度を装《よそほ》つてこの気の変になつたドイツ人に道理を説いて聞かせた。その要点はかうである。お前の思案は好くあるまい。今一度考へ直して見るが好からう。殊に今の計算はどうも事実に背いてゐるやうだ。もし一日に十万タアレルの見料が這入るとすると、四日目には此ペエテルブルクの人民が皆来てしまはなくてはならない。皆来てしまへば、それから先には収入が無くなる筈だ。その上|生《しやう》あるものは神の思召次第で、いつ死ぬるかも知れない。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]だつてどうかしてはじけまいものでもない。中に這入つてゐるイワン君だつて病気
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