パンを入れてくれると云ふ事になつた。もうその金属の管も註文した様子だ。なんでもこの近所に住つてゐる同国人が拵へてくれるさうだ。ドイツ人だね。併し実は無用の贅沢物さ。一体※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]と云ふものは千年生きると云ふ事だが、それが本当なら、僕も千年生きる積りだ。あゝ。さうだつけ。もう少しで忘れるところだつた。君に頼んで置くがね、あしたで好いから誰かの博物書を調べて見てくれ給へ。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]は何年生きるかと云ふ問題に就いてだね。事に依ると僕は何か洪水以前の古い獣と間違へて考へてゐるかも知れないからね。唯僕にも多少懸念がない事もないよ。御承知の通り僕は服を着てゐる。ロシア製の羅紗で裁縫した服だね。それから足には長靴を穿いてゐる。どうもそのせいで※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]が僕を消化する事が出来ないらしい。それに僕は生きてゐて、意志の力を以て消化に反抗してゐるのだ。なぜと云ふにあらゆる食物《くひもの》が消化せられた後になんになると云ふ事を、君だつて考へて見給へ。僕がさう云ふ末路を取りたくないのも、無理はあるまい。さうなつては僕の恥辱だからね。そこで僕の懸念と云ふのは、どうもこの服の地質が千年持たないだらうと云ふのだ。それがロシア製の下等羅紗と来てゐるから、猶更早く朽ちてしまふかも知れない。そこでこの外部の防禦物がなくなつてしまふと、如何に意思を以て反抗して見ても、とう/\かなはなくなつて、消化せられてしまひはすまいかと思ふのだ。まあ、昼の内は飽くまで意志を緊張して、消化せられずにゐるとしても、夜になつて眠つてゐる内に僕の体が馬鈴藷《じやがいも》や挽肉と同一な運命に陥るまいものでもない。万一さう云ふ事があるまいものでもないと云ふ唯それだけの考が、実に不愉快だよ。これに附けても、政府は是非税率を改正しなくてはならない。さうして英国製の羅紗の輸入を奨励するのだね。英国製の羅紗なら、ロシア製の物より堅牢だから、又誰かが服を着て※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の中へ這入つて来た時、その服が自然の悪影響に抗抵して長く持つだらうと云ふものだ。何《いづ》れ僕は税率改正の意見を然るべき政治家に話す積りだ。無論同時に二三の新聞の記
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