まあ、それはなんと云つても好いとして、僕はこれから全然新しい系統を立てる積りだ。それがどの位造作もないと云ふ事が、君には想像が付くまいね。新しい系統を立てるには、誰でも世間の交通を断つて、どこかへ引つ込めば好い。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の腹の中に這入つても好い。そこで目を瞑《ねむ》つて考へると、直ぐに人類の楽園を造り出す事が出来る。さつき君がこゝから出て行つた跡で、僕は直ぐに発明に取り掛かつたが、午後の中に系統を三つ立てた。今丁度四つ目を考へてゐた所だ。無論現存してゐる一切の物は抛棄しなくてはならない。なんでも構ふ事はないから破壊するのだね。そんな事は※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の腹の中から遣ると造作はないよ。万事※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の腹の中から見れば、外で見るより好く見えるよ。それはさうと僕の今の境遇にも、贅沢を云へば多少遺憾な点はあるさ。なに、けちな事なのだがね。先こゝは少し湿つてゐて、それからねと/\してゐる。それに少しゴムの匂がする。丁度去年まで僕の穿いてゐた脚絆のやうな匂だ。苦情を云つたところでそんなもので、それ以上には困る事はないよ。」
 己は友人の詞を遮るやうにして云つた。「君ちよつと待つてくれ給へ。君の今云つてゐる事は、僕には実に不思議で、自分で自分の耳を疑ふ位だよ。そこで少くもこれだけの事を僕に聞かせてくれ給へ。君はもうなんにも食はずにゐる積りかね。」
「いやはや。そんな事を気にしてゐると思ふと、君なんぞは気楽な人間と云ふものだね。実に浅薄極まるぢやないか。僕が偉大な思想を語つてゐるのに君はどうだい。君には分からないから云つて聞かせるが、偉大な思想は僕を※[#「厭/食」、第4水準2−92−73]飫《えんよく》させる。そして僕の体の周囲《まはり》の闇を昼の如くに照らしてゐるのだよ。さう云ふわけだから、実はどうでも好いのだが、御承知の※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の持主は、存外好人物で、あの人の好いおつ母さんと云ふ女と相談して、これから毎朝《まいてう》※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の吭《のど》へ曲つた金属の管《くだ》を插してその中からコオフイイや茶やスウプや柔かにした
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