。只太陽の方が煖炉より余程廉価だと丈は心得てゐる。だから毎日日のさす所へとこころざして、市の公園へ跛《びつこ》を引きながら往つて、菩提樹の下のベンチに腰を掛ける。席も極まつてゐて、貧院から来るペピイとクリストフとの二人の老人の間である。
 この毎日右左に来る二人の老人は、ペエテルよりも年上である。ペエテルは腰を掛けてしまふと、一声うなつて、それから腮《あご》で辞儀をする。右の人も左の人も、辞儀が伝染したやうに、器械的に頷く。それからペエテルは杖を砂の上に立てて、曲つた握りの上に両手を置く。
 暫く立つてからペエテルは更にその両手の上に、鬚を綺麗に剃つた腮を載せて、左にゐるペピイの方を見る。目に出来る丈の努力をさせて見ると、ペピイの赤い頭が、だぶ/\した項《うなじ》の上に、力なく載つてゐて、次第に色が褪めて行くやうに見える。幅広《はゞひろ》に生えてゐる、白くなつた八字髭は根の処がもうきたない黄色になつてゐる。このペピイは前屈みに腰を掛けて、両肘を両膝の上に衝いてゐて、指を組み合せた両手の間から、時々砂の上へ痰を吐く。もう両脚の間に小さい沼が出来てゐる。ペピイは生涯|大酒《たいしゅ》を飲み
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