勢で押し込んで来やがるのだ。親父がぴょこぴょこお辞儀をして、酒樽《さかだる》の鏡を抜いて馳走《ちそう》をしたもんだから、拍子抜がして素直に帰って行きゃあがった。ところが二三日するとまた遣って来やがった。倅《せがれ》の方は利かねえ気の奴だったから、野猪狩《ししがり》に持って行く鉄砲を打ち掛けた。そうすると奴共慌てて逃げてしまやぁがった。」
「そのうちに世間が段々静かになって来た。己は毎日毎日土蔵の脇《わき》で日なたぼっこをしていた。頭の上の処には、大根が注連縄《しめなわ》のように干してあるのだな。百姓の内でも段々|厭《あ》きて来やがって、もう江戸の坊様を大事にしなくなった。鳩南蛮なんぞは食わしゃあしねえ。」
「ある日の事、かますというものに入れた里芋を出しやがって餓鬼共にむしらせていやぁがるのだ。餓鬼は大勢いたのだ。むしって芽の所を出して見て、芽の闕《か》けた奴は食う方へ入れる。芽の満足でいる奴は植える方へ入れるのだ。己が立って見ていると、江戸の坊様も手伝ってお遣《やり》なさいと抜かしやぁがる。大《だい》ぶ江戸の坊様を安く踏むようになりゃあがったんだな。こうなっちゃあ為方《しかた》がねえ
前へ
次へ
全12ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング