んぞも苦労をしたが、内の親父も苦労をしたもんだ。同じ苦労をしても、勝は靱《しわ》い命を持っていやぁがるから生きていた。親父はこっくり行き着いたのだ。病気も何もないのに死んだのだ。兄きは大鳥|圭介《けいすけ》に附いて行っちまう。お袋と己とは広徳寺前の屋敷にぼんやりしていると、上野の戦争が始まった。門番で米擣《こめつき》をしていた爺いが己を負《お》ぶって、お袋が系図だとか何だとかいうようなものを風炉敷《ふろしき》に包んだのを持って、逃げ出した。落人《おちうど》というのだな。秩父在《ちちぶざい》に昔から己の内に縁故のある大百姓がいるから、そこへ逃げて行こうというのだ。爺《じ》いの背中で、上野の焼けるのを見返り見返りして、田圃道《たんぼみち》を逃げたのだ。秩父在では己達を歓迎したものだ。己の事を江戸の坊様と云っていた。」
「なんでも江戸の坊様に御馳走をしなくちゃあならないというので、蕎麦《そば》に鳩《はと》を入れて食わしてくれたっけ。鴨南蛮《かもなんばん》というのはあるが、鳩南蛮はあれっきり食った事がねえ。」
「そうしていると打毀《ぶっこわし》という奴が来やがった。浪人ものというような奴だ。大
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