平生寡言沈黙の人たる博士が、天賦の雄弁を発揮する時である。そして博士に親しい人々、今夜この席に居残っているような人々は、いつもこういう時の来るのを楽み待っているのである。
博士は虚《から》になった杯を、黙って児髷《ちごまげ》の子の前に出して酒を注がせて、一口飲んで語り続けた。
「金が何だ。会社は事業をするために金がいる。己はいらねえ。己達《おれたち》夫婦が飯を食って、餓鬼|共《ども》の学校へ行く銭《ぜに》が出せれば好い。金を溜《た》めるようなしみったれは江戸子じゃあねえ。」
こういう話になると、独り博士の友達が喜んで聞くばかりではない。女中達も面白がって聞く。児髷の子供も、何か分からないなりに、その爽快《そうかい》な音吐《おんと》に耳を傾けるのである。
胡麻塩頭《ごましおあたま》を五分刈にして、金縁の目金を掛けている理科の教授|石栗《いしぐり》博士が重くろしい語調で喙《くちばし》を容《い》れた。
「一体君は本当の江戸子かい。」
「知れた事さ。江戸子のちゃきちゃきだ。親父は幕府の造船所に勤めていたものだ。それあの何とかいう爺《じ》いさんがいたっけなあ。勝安芳《かつやすよし》よ。勝な
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