いる桟敷《さじき》の間にはさまって、秋水の出演を待つのだそうである。その中へ毎晩のように、容貌魁偉《ようぼうかいい》な大男が、湯帷子に兵児帯《へこおび》で、ぬっとはいって来るのを見る。これが陸軍少将畑閣下である。
畑は快男子である。戦略戦術の書を除く外、一切の書を読まない。浄瑠璃《じょうるり》を聞いても、何をうなっているやらわからない。それが不思議な縁で、ふいと浪花節《なにわぶし》と云うものを聴いた。忠臣孝子義士節婦の笑う可《べ》く泣く可く驚く可く歎ず可き物語が、朗々たる音吐《おんと》を以て演出せられて、処女のように純潔無垢な将軍の空想を刺戟《しげき》して、将軍に睡壺《だこ》を撃砕する底《てい》の感激を起さしめたのである。畑はこの時から浪花節の愛好者となり浪花節語りの保護者となった。
そこでこの懇親会の輪番幹事の一人たる畑が、秋水を請待《しょうだい》して、同郷の青年を警醒《けいせい》しようとしたのだと云うことは、問うことを須《もち》いない。
暫《しばら》くして畑の後輩で、やはり幹事に当っている男が、我々を余興の席へ案内した。宴会のプログラムの最初に置かれたものを余興と称しても、今
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