いて、承塵《なげし》に貼り出してある余興の目録を見た。不折《ふせつ》まがいの奇抜な字で、余興と題した次に、赤穂義士討入と書いて、その下に辟邪軒秋水《へきじゃけんしゅうすい》と注してある。
秋水の名は私も聞いていた。電車の中の広告にも、武士道の鼓吹者《こすいしゃ》、浪界の泰斗《たいと》と云う肩書附で、絶えずこの名が出ているから、いやでも読まざることを得ぬのである。或る時何やらの雑誌で秋水の肖像を見た。芝居で見る由井正雪のように、長い髪を肩まで垂れて、黒紋附の著物《きもの》を著ていた。同じ雑誌の記事に依れば、この武士道鼓吹者には女客の贔屓《ひいき》が多いそうである。
しかし男に贔屓がないことはない。勿論不幸にして学生なんぞにはそんな人のあることを聞かない。学生は堕落していて、ワグネルがどうのこうのと云って、女色に迷うお手本のトリスタンなんぞを聞いて喜ぶのである。男の贔屓は下町にある。代を譲った倅《せがれ》が店を三越まがいにするのに不平である老舗《しにせ》の隠居もあれば、横町の師匠の所へ友達が清元の稽古《けいこ》に往くのを憤慨している若い衆もある。それ等の人々は脂粉の気が立ち籠《こ》めて
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