は悉《ことごと》く明け放ってある。国技館の電燈がまばゆいように半空《なかぞら》に赫《かがや》いている。
 座敷を見渡すに、同郷人とは云いながら、見識った顔は少い。貴族的な風采《ふうさい》の旧藩主の家令と、大男の畑少将とが目に附いた。その傍に藩主の立てた塾の舎監をしている、三枝《さいぐさ》と云う若い文学士がいた。私は三枝と顔を見合せたので会釈をした。
 すると三枝が立って私の傍に来て、欄干《らんかん》に倚《よ》って墨田川を見卸《みおろ》しつつ、私に話し掛けた。
「随分暑いねえ。この川の二階を、こんなに明け放していて、この位なのだからね」
「そうさ。好く日和《ひより》が続くことだと思うよ。僕なんぞは内にいるよりか、ここにこうしている方が、どんなに楽だか知れないが、それでも僕は人中が嫌《いや》だから、久しくこうしていたくはないね。どうだろう。今夜は遅くなるだろうか」
「なに。そんなに遅くもなるまいよ。余興も一席だから」
「余興は何を遣《や》るのだ」
「見給え。あそこに貼《は》り出してある。畑|閣下《かっか》が幹事だからね」
 こう云って置いて、三枝は元の席に返ってしまった。
 私は始て気が附
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