そつちの奴等が避けて入れれば好いのだ。」
「なに。奴等だと。黙りやあがれ。お上品振りやあがつて。うぬ等は這入らなくても好いのだ。」
 こんな風に第一線で詞戦《ことばだたかひ》をする。双方が時時突貫を試みようとする。女はきい/\云ふ。男は罵る。子供は泣く。そのうち弱いものが二三人押し倒される。気を喪《うしな》ふ。それを踏み付ける。罵詈《あざ》ける。歎願する。あらあらしく、むちやくちやに押し合ふ。いつまで遣つても同じ事である。息の抜けやうがない。
「これはこれは。お客様方。」かう云つて出て来たのは、赤い燕尾服を被て、手に鞭を持つた頭のカスペリイニイである。仲裁は功を奏せない。血が流れる。失敗だ。初日の大当を、お客様が破壊《こは》してしまふのである。なんたる惨状だらう。「皆さん皆さん。わたしの言ふことを聞いて下さい。わたしはどうにでも致します。お出《で》になる方がお出《で》になつて、お這入になる方がお這入になれば好いのです。御熱心な所は幾重《いくへ》にもお礼を申します。つひ落ち着いて考へて見て下されば好いのです。皆さん教育のありなさる方々でせう。第一あなたが。」一番前にゐる一人と、とうとう取
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