Aよしや言つたところで採用せられはすまいといふので、傍観してゐることになつた。そのうち或る日見舞に行くと昨夜《ゆうべ》死んだといふことであつた。その男の死顔を見たとき、自分はひどく感動して、自分もいつどんな病に感じて、こんな風に死ぬるかも知れないと、ふと思つた。それからは折々此儘|伯林《ベルリン》で死んだらどうだらうと思ふことがある。
さういふ時は、先づ故郷で待つてゐる二親《ふたおや》がどんなに歎くだらうと思ふ。それから身近い種々の人の事を思ふ。中にも自分にひどく懐《なつ》いてゐた、頭の毛のちぢれた弟の、故郷を立つとき、まだやつと歩いてゐたのが、毎日毎日兄いさんはいつ帰るかと問ふといふことを、手紙で言つてよこされてゐる。その弟が、若《も》し兄いさんはもう帰らないと云はれたら、どんなにか嘆くだらうと思ふ。
それから留学生になつてゐて、学業が成らずに死んでは済まないと思ふ。併《しか》し抽象的にかう云ふ事を考へてゐるうちは、冷かな義務の感じのみであるが、一人一人具体的に自分の値遇《ちぐう》の跡《あと》を尋ねて見ると、矢張身近い親戚のやうに、自分に Neigung《ナイグング》 からの苦痛
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