が真の生ではあるまいかと思はれる。併しその或る物は目を醒《さ》まさう醒《さ》まさうと思ひながら、又してはうとうとして眠つてしまふ。此頃折々切実に感ずる故郷の恋しさなんぞも、浮草が波に揺られて遠い処へ行つて浮いてゐるのに、どうかするとその揺れるのが根に響くやうな感じであるが、これは舞台でしてゐる役の感じではない。併しそんな感じは、一寸頭を挙げるかと思ふと、直ぐに引つ込んでしまふ。
それとは違つて、夜寐られない時、こんな風に舞台で勤めながら生涯を終るのかと思ふことがある。それからその生涯といふものも長いか短いか知れないと思ふ。丁度その頃留学生仲間が一人|窒扶斯《チフス》になつて入院して死んだ。講義のない時間に、〔Charite'〕《シヤリテエ》 へ見舞に行くと、伝染病室の硝子《ガラス》越《ご》しに、寐てゐるところを見せて貰ふのであつた。熱が四十度を超過するので、毎日冷水浴をさせるといふことであつた。そこで自分は医学生だつたので、どうも日本人には冷水浴は危険だと思つて、外のものにも相談して見たが、病院に人れて置きながら、そこの治療|方鍼《はうしん》に容喙《ようかい》するのは不都合であらうし
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