へ》ぎ悶《もだ》えてゐたのである。劇場では Ernst《エルンスト》 von《フオン》 Wildenbruch《ヰルデンブルツホ》 が、あの Hohenzollern《ホオヘンツオルレルン》 家の祖先を主人公にした脚本を興業させて、学生仲間の青年の心を支配してゐた。
昼は講堂や Laboratorium《ラボラトリウム》 で、生き生きした青年の間に立ち交つて働く。何事にも不器用で、癡重《ちちよう》といふやうな処のある欧羅巴《ヨオロツパ》人を凌《しの》いで[#「凌《しの》いで」は底本では「凌《しのい》いで」]、軽捷《けいせふ》に立ち働いて得意がるやうな心も起る。夜は芝居を見る。舞踏場にゆく。それから珈琲店《コオフイイてん》に時刻を移して、帰り道には街燈|丈《だけ》が寂しい光を放つて、馬車を乗り廻す掃除人足が掃除をし始める頃にぶらぶら帰る。素直に帰らないこともある。
さて自分の住む宿に帰り着く。宿と云つても、幾竈《いくかまど》もあるおほ家《いへ》の入口の戸を、邪魔になる大鍵で開けて、三階か四階へ、蝋《らふ》マッチを擦《す》り擦《す》り登つて行つて、やうやう chambre《シヤンブル》
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