焉sいはゆる》評価の革新さへ幾分の新しみを殺《そ》がれてしまつたのである。
 そこで死はどうであるか。「永遠なる再来」は慰藉《ゐしや》にはならない。Zarathustra《ツアラツストラ》 の末期《まつご》に筆を下《おろ》し兼ねた作者の情を、自分は憐んだ。
 それから後にも Paulsen《パウルゼン》 の流行などと云ふことも閲《けみ》して来たが、自分は一切の折衷主義《せつちゆうしゆぎ》に同情を有せないので、そんな思潮には触れずにしまつた。

       *     *     *

 昔別荘の真似事に立てた、膝を容《い》れるばかりの小家《こいへ》には、仏者《ぶつしや》の百一物《ひやくいちもつ》のやうになんの道具も只一つしか無い。
 それに主人の翁《おきな》は壁といふ壁を皆棚にして、棚といふ棚を皆書物にしてゐる。
 そして世間と一切の交通を絶つてゐるらしい主人の許《もと》に、西洋から書物の小包が来る。彼が生きてゐる間は、小さいながら財産の全部を保菅してゐる Notar《ノタアル》 の手で、利足《りそく》の大部分が西洋の某|書肆《しよし》へ送られるのである。
 主人は老いても黒人種《こ
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