フ後に、欧羅巴の当り狂言になつてゐた Taifun《タイフン》 なんぞに現れてゐる。併し自分は日本人を、さう絶望しなくてはならない程、無能な種族だとも思はないから、敢て「まだ」と云ふ。自分は日本で結んだ学術の果実を欧羅巴へ輸出する時もいつかは来るだらうと、其時から思つてゐたのである。
自分はこの自然科学を育てる雰囲気のある、便利な国を跡に見て、夢の故郷へ旅立つた。それは勿論立たなくてはならなかつたのではあるが、立たなくてはならないといふ義務の為めに立つたのでは無い。自分の願望《ぐわんまう》の秤《はかり》も、一方の皿に便利な国を載せて、一方の皿に夢の故郷を載せたとき、便利の皿を弔《つ》つた緒《を》をそつと引く、白い、優しい手があつたにも拘《かかは》らず、慥《たし》かに夢の方へ傾いたのである。
シベリア鉄道はまだ全通してゐなかつたので、印度《インド》洋を経て帰るのであつた。一日行程の道を往復しても、往きは長く、復《かへ》りは短く思はれるものであるが、四五十日の旅行をしても、さういふ感じがある。未知の世界へ希望を懐《いだ》いて旅立つた昔に比べて寂しく又早く思はれた航海中、籐《とう》の寝椅
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