qに身を横へながら、自分は行李《かうり》にどんなお土産《みやげ》を持つて帰るかといふことを考へた。
 自然科学の分科の上では、自分は結論丈を持つて帰るのではない。将来発展すべき萌芽《はうが》をも持つてゐる積りである。併し帰つて行く故郷には、その萌芽を育てる雰囲気が無い。少くも「まだ」無い。その萌芽も徒《いたづ》らに枯れてしまひはすまいかと気遣はれる。そして自分は fatalistisch《フアタリスチツシユ》 な、鈍い、陰気な感じに襲はれた。
 そしてこの陰気な闇を照破《せうは》する光明のある哲学は、我行李の中には無かつた。その中に有るのは、ショオペンハウエル、ハルトマン系の厭世哲学である。現象世界を有るよりは無い方が好いとしてゐる哲学である。進化を認めないではない。併しそれは無に醒覚せんが為めの進化である。
 自分は錫蘭《セイロン》で、赤い格子縞《かうしじま》の布を、頭と腰とに巻き附けた男に、美しい、青い翼の鳥を買はせられた。籠を提《さ》げて舟に帰ると、フランス舟の乗組貝が妙な手附きをして、「Il《イル》 ne《ヌ》 vivra《ヰウラ》 pas《パア》 !」と云つた。美しい、青い鳥
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