ショオペンハウエルを読んで見れば、ハルトマン・ミヌス・進化論であつた。世界は有るよりは無い方が好いばかりではない。出来る丈《だけ》悪く造られてゐる。世界の出来たのは失錯《しつさく》である。無《む》の安さが誤まつて攪乱《かうらん》せられたに過ざない。世界は認識によつて無の安さに帰るより外はない。一人一人の人は一箇一箇の失錯で、有るよりは無いが好いのである。個人の不滅を欲するのは失錯を無窮にしようとするのである。個人は滅びて人間といふ種類が残る。この滅びないで残るものを、滅びる写象《しやしやう》の反対に、広義に、意志と名付ける。意志が有るから、無は絶待の無でなくて、相待の無である。意志が Kant《カント》 の物その物である。個人が無に帰るには、自殺をすれば好いかといふに、自殺をしたつて種類が残る。物その物が残る。そこで死ぬるまで生きてゐなくてはならないといふのである。ハルトマンの無意識といふものは、この意志が一変して出来たのであつた。
自分はいよいよ頭を掉《ふ》つた。
* * *
兎角する内に留学三年の期間が過ぎた。自分はまだ均勢を得ない物体の動
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