翻譯に就いて
森林太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+二点しんにょうの適」、第4水準2−13−57]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)書け/\
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      翻譯上の謬見

 此本に是非翻譯に就いて何か書いてくれと云ふことである。予を翻譯者の中の主な一人だと思つてゐるものと見える。さうかと思ふと、一方には予の翻譯は殆皆誤譯だとして、予に全く翻譯の能力がなく、予の翻譯に全く價値がないと言ひ觸らしてゐるものもある。
 近頃は翻譯書と云ふ翻譯書を予の家に持ち込んで、序文を書かせることが流行る。何の縁故もない人が皆持ち込んで來るのである。中には衆愚がお前の序文に信頼するから不本意ながら書かせるのだと明言する人もある。又文字や假名遣を一々世間並の誤字、假名遣に改めた上で載せる人もある。或は想ふに此種の序文注文人と彼誤譯指※[#「てへん+二点しんにょうの適」、第4水準2−13−57]者とは同一人であることもありさうである。
 予の翻譯の疵病として指※[#「てへん+二点しんにょうの適」、第4水準2−13−57]してある箇條を見るに、なる程と頷かれることは極て希である。小説脚本の翻譯は博言學的研究とは違ふ。一字一字に譯して、それを排列したからと云つて、それで能事畢ると云ふわけではない。故らに足した語を原文にないと云つて難じたり、わざと除いた語を原文にあると云つて責めたりしても、こつちでは痛癢を感じない。

      「ノラ」の實例

 近頃予のノラの譯文に就いて云々した人がある。其中の尤も滑稽なものを二三話さう。
 ノラがクリスマスの木を持たせて歸る男を、予は「傳便」と書いた。それは誤で、昔「小走」と云つたもの、今の西洋の messenger boy の事だと、心得顏に教へて貰つた。所が messenger boy を我國で早く有してゐた都會は九州の小倉で、そこに始て傳便の新語が生じたのである。一體小倉は妙な所で、西洋で Litfass の柱と云ふ廣告柱なんぞも、日本では小倉に一番早く出來た。小走とは何か、予は知らない。江戸には昔使屋と云ふものがあつたが、それは傳便
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